近田春夫さんが語るイエロー・モンキー

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週刊文春(2003年/文藝春秋)に掲載された、近田春夫さんのコメントをご紹介します(以下に抜粋)。様々なアーティストの曲を近田さんが批評する週刊文春の人気連載・「考えるヒット」において、近田さんのイエロー・モンキーへの解釈が語られています。この記事は、連載331回目でロビンのYOSHII LOVINSON名義の楽曲「TALI」が取り上げられた際の批評におけるコメントです。

 

「イエモンの悲しみは、もっとドスが効いていて、やり切れなさのようなものが色濃く漂っていた」

ふと気づくと、バンド物の勢いも、ひと頃の何分の一かに落ちていて、なかには、すでに、あの人は今、の領域に達してしまったアーチストもいるのかどうか、それはともかく、2001年に活動を休止したTHE YELLOW MONKEYの吉井和哉が、YOSHII LOVINSONと名前を変えてシングルを発表した。

“イエモン”の時代から、彼の作る音楽には他のバンドとは確かに違う感触があった。例えば多くのヴィジュアル系が悲しみをテーマとして曲を書いていたと思うが、そのほとんどが、美しく歌い上げていたとすれば、イエモンの悲しみは、もっとドスが効いていて、やり切れなさのようなものが色濃く漂っていた。何かしら、嘆きが歌に含まれていた、といっても良いが、そのしめった情念とでもいうべきものは、歌謡曲にあってJポップからは意図的に削除されてしまったものなのかも知れない。あるいは、GSから、今日のバンド達が、何故か受け継ぎそこなった。いずれにせよ、そのある無しが曲全体におよぼすところは大きく、端的にいって、今、FMから流れてくる類の和物が、暗いエロスを示唆するようなことは、まず無いのである。

YOSHII LOVINSONなどと、外資系の名前に変わろうとも、吉井和哉の作る音楽は基本的にイエモン時代のままだった。どこかすさんだ風景が心にひろがってくるような、独特のあと味は、この「TALI」においても健在である。

週刊文春(2003年/文藝春秋)より
描き文字と絵/安西肇