藤巻亮太さん(レミオロメン)が語るイエロー・モンキー


藤巻亮太‗myiemon_イエローモンキー

「Luckey Raccoon32」(2009年/Biretfday,inc.)に掲載された、レミオロメン・藤巻亮太さんのコメントをご紹介します(以下に抜粋)。藤巻さんは「JAM」に衝撃を受けてイエロー・モンキーのファンになり、「吉井和哉が永遠のスター」だと公言されています。イエロー・モンキー結成20周年記念のTV特番「メカラ ウロコ・20」(2009年/フジテレビ)やロビンの書籍「カミブログ」でも「JAM」についてコメントを寄せられていますが、この対談では「JAM」に対しての思いをより多く語られています。

「その当時に聴いてた曲をもっと思い出せと言われても「JAM」が圧倒的にトップでしたね」

藤巻亮太:ご本人を目の前にして…緊張しますね(笑)前に吉井さんの「カミブログ」(角川文庫刊)っていう本にコメントを書かせてもらったんですけど。

吉井和哉:その節はありがとうございました。

藤巻:いえいえ!(笑)そこにも書いたんですけど、僕はやっぱり「JAM」からなんですね。高校1年生でコンビニでバイトしてたときに有線から「JAM」が流れてて。もう、一発KOでしたね。

吉井:じゃあ、出してよかった(笑)実はあの当時、レコード会社からあの曲出すことを反対されてたんですよ。「JAM」の前が「太陽が燃えている」っていう曲で、ま、そこそこ売れたんですよね。それまでよりは。で、第2弾も同じような感じの曲を出せって言われたんだけど、それじゃつまんねえだろっていうことになって。「JAM」は最初、8分くらいあったんだけど、それは長すぎると思って5分ぐらいにして、強引に出した曲なんです。でも「JAM」に影響を受けたって言われることはけっこう多くて、藤巻くんにも聴いてもらえて、嬉しいな(笑)

藤巻:今までにもそういうエピソードは紹介されてますよね。ノートに歌詞綴って。

吉井:そう、世間の不条理をワーッと書いて。

藤巻:それを縮めていったんですか。

吉井:そうですね。それで飛行機のところが生かされて。あの頃、いろんなことがあったんですよ。阪神大震災とか、オウムとか。すごく混沌としていた時代で。

藤巻:そうでしたね。あの歌がずっと僕の頭の中で永遠に鳴っていました。

吉井:♪グッナーイ……って?(笑)

藤巻:その飛行機のくだりから、メロディが語りになっていく感じじゃないですか。

吉井:まあね、プチラップみたいな(笑)

藤巻:ラップじゃないですけど。なんかもう、そこにゾクッとしちゃって。たしかに、本当にそうだなあ~と思って。

吉井:山梨のコンビニで聴いていたの?

藤巻:そうです。

吉井:ああ、響きそうだな。

ー歌を作る人の特別な感情と、聴く人それぞれの思惑が呼応するってすごいことですよね。

吉井:覚醒するんだろうね。

藤巻:「JAM」も、その飛行機のくだりが当時の僕には衝撃だったんですけど、垣根をブワーッと取り払ってくれたような気がしたんですよね。人種とか国境とか、ボーダーラインを根こそぎ取ってくれた気がして、凄まじいエクスタシーでした(笑)

吉井:キミの口からそんな言葉が出るとは思わなかったよ(笑)

ーそのぐらい衝撃的だったんですね。

藤巻:ほかに、その当時に聴いてた曲をもっと思い出せと言われても「JAM」が圧倒的にトップでしたね。

吉井:たぶん「粉雪」しかり「JAM」しかり、必死だったんでしょうね、2アーティストとも。やっぱりそれは運命というか、生まれるべくして生まれた曲だと思いますね。

Luckey Raccoon32(2009年/Biretfday,inc.)より抜粋
インタビュー・撮影者:森田恭子