運営者(ファン歴21年)のイエロー・モンキー


イエローモンキー‗インタビュー‗0

★イエロー・モンキーファン歴:21年

★イエロー・モンキーの1曲:天国旅行

★貴方にとってイエロー・モンキーとは?:人間的なヒーロー

■偶然ラジオで聴いた「天国旅行」で、「私の一生の音になる」と思った

私がイエロー・モンキーに出逢ったのは17歳の時です。間違えてつけたラジオで「天国旅行」の間奏が流れていて、スピーカーから離れられなくなりました。それまで、音楽を聴いても楽器はおろか、歌詞すら特に気にしていなかったのに、「天国旅行」の間奏はギターとベースとドラムとキーボード、一つ一つの音がキラキラと耳に入ってきて、でも1つの世界になっていた。そこに声という音が加わった瞬間、「どこの誰の音か分からないけど、私の中で一生鳴り続ける」と思いました。

出逢った日は1997年の1月27日。曲の終わり、「5日前に発売されたザ・イエロー・モンキーのニューアルバム『SICKS』から『天国旅行』でした」というDJの言葉と同時にCDショップへと走ったことを今でも覚えています。だから、イエロー・モンキーで1曲と言われれば迷わず「天国旅行」、アルバムは「SICKS」、アーティスト写真は、その日に買った音楽雑誌で最初に目にしたブライトン・ピアのメリーゴーランド前でのショットです。

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(運営者にとってのイエロー・モンキーの1枚、「SICKS」アーティスト写真)

※解散イベントのチャリティオークションで落札した所有物

出逢いは音でしたが、その後は歌詞に夢中になりました。数あるきっかけの1つのフレーズが、「フリージアの少年」のサビ。前半「もしも貴方に 今夜僕が釘づけで」、後半「もしも貴方が 今夜僕に釘づけで」、「に」と「が」の1文字の違いで主体の立場が変わって、ストーリーが展開している。言葉って「てにをは」1つ違うだけで全く意味が変わってしまうものなんだと、意識させられました。

■「てにをは」「例え」「ダブルミーニング」…言葉の面白さを教えてくれた
 「てにをは」の他にも、「例え」や「ダブルミーニング」の巧みさも衝撃だった。出逢いのアルバム「SICKS」だけでも、「この恋は人から見れば5足で1000円の靴下さ」(『紫の空』)、「自信が化粧したようなプライド」(『見てないようで見てる』)、「病い重い想い」(『花吹雪』)……アルバムタイトルの「SICKS」からダブルミーニングですが、世界観やストーリーにふさわしい言葉の選び方、組み合わせ方が凄いなと。

一番びっくりしたのは、「おふくろ、俺はろくでなしになるぜ!」とう意味を込めたというタイトル「I CAN BE SHIT,MAMA」と、サビ「アッカンベーしたまま」がダブルミーニングだったこと。日本語と英語の音でリンクしているって凄い!と。その後、サビのフレーズとかけてタイトルをつけたのがヒーセだとTVのインタビューで聞いて、ヒーセも凄い!と思いましたが(笑)他にも例えば、「LOVE LOVE SHOW」の「おねえさん」はバージョンによって異なりますが、「お義姉さん」や「お嬢さん」、「ジョーさん」の言葉を見てから聴くと違った印象になって、音や字面、色んな観点から、言葉って面白いと感じました。

言葉の巧みさだけではなく、価値観という点でも「まず僕は壊す 全部足りないから まず僕は壊す 全部欲しいから」(「Four Seasons」)、「夜よ負けんなよ朝に負けんなよ 何も答えが出てないぢゃないか」(「パール」)など、「その感覚、分かる!」と思える、でも自分で的確に言葉にすることは決してできないフレーズが多い。言葉による表現の興味深さと、言葉を巧みに操っている吉井和哉という人間、彼の世界を音に乗せ最高の形で伝えてくれるイエロー・モンキーから抜けられなくなりました。

■イエロー・モンキーを言葉で伝えるため、ライターの道へ

彼らと出逢って言葉の面白さを知ってから、「イエロー・モンキーを言葉で世に伝えたい」という思いだけで、音楽ライターになろうと思いました。大学在学中にレコード会社主催の音楽サークルに入り、1999年のイエロー・モンキー出演映画「trancemission」公開時には、フリーペーパーの記事を作成するため、監督の高橋栄樹さんにインタビューしたこともあります。目標に向かって、勢いが止まりませんでした。

※高橋栄樹さんへのインタビュー記事はこちら

イエローモンキー‗インタビュー‗0-2

(高橋栄樹さんへのインタビュー原稿、「trancemission」プレスリリース用パンフ)

大学を卒業する前にイエロー・モンキーは活動休止、その後解散してしまいましたが、言葉への興味はそのまま、「世の中の素敵なモノを伝えたい」という思いに変えてライターの道を歩んでいます。今は、ライターとしてイエロー・モンキーを言葉にしようとは考えていません。私にとってイエロー・モンキーは私の言葉だけでは伝えきれない存在で、その思いが「さまざまな人たちの言葉でイエロー・モンキーを伝えたい」という、このサイトコンセプトに繋がっています。

■私にとってイエロー・モンキーは、どこまでも人間的な永遠のヒーロー

音や表情から彼らの自信と幸せな空気が伝わってきた「SICKS」時代に出逢った私にとって、イエロー・モンキーはキラキラしていて、スターそのものでした。当時のラジオで、DJから「売れたのにどうしてヘアメイクとスタイリストをつけないの?」と質問され「自分たちの一番カッコ良い姿は自分たちが一番分かっているのに、何で人に任せなきゃいけないの?」と答えていたのを聞いて、曲や詞、パフォーマンスはもちろん、その姿勢も含めて、もう完全無敵のヒーローだと思った。

同時に、ファンになって最初の新曲「LOVE LOVE SHOW」のカップリング「NAI」を聴いて、完全無敵ではないのかも、とも感じました。その感覚のとおり、ロビンの言葉を借りると「冬の時代」が訪れて試行錯誤している姿は、人間的で、実はイエロー・モンキーらしかったんだと、今は思います。でも当時はヒーローであってほしいという思いが強かったので、「バラ色の日々」で外部プロデューサーとヘアメイク、スタイリストを入れたことは、イエロー・モンキーがイエロー・モンキーでなくなってしまったようで物凄くショックでした。その時からの不安そのままに、活動休止、解散が現実のものとなってしまった。

解散発表の直後は色々な感情がありましたが、解散インタビューを読んでからは“解散”という名の活動に入ったんだと理解しています。まさか“再集結”という名の次の活動に入るとは思っていませんでしたが、15年ぶりにロビン、ヒーセ、エマ、アニーの4人が揃ったことで改めて思うのは、私にとってイエロー・モンキーは、“どこまでも人間的な永遠のヒーロー”だということ。だからこそ今もこんなに惹かれていて、この先もずっと、私の血として身体に流れ続けていくと思います。

イエロー・モンキーも、出逢って好きになった自分も、誇りです。

<記事内で登場した作品>

trancemission