吉田敬さんと大谷ノブ彦さんが語るイエロー・モンキー

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魁音楽番付‗吉田敬と大谷ノブ彦_myiemon_イエローモンキー

「魁!音楽番付~EIGHT~」(2012年/フジテレビ)で放送された、ブラックマヨネースの吉田敬さんとダイノジの大谷ノブ彦さんのイエロー・モンキーについての対談をご紹介します(以下)。

大谷さんも吉田さんも、様々なインタビューでイエロー・モンキーファンであることを公言されていて、メジャーデビュー20周年記念として「Romantist Taste 2012」が発売されたこの年、吉田さんはTVでロビンと、大谷さんはイベントでヒーセ、エマと共演されています。この対談では、メンバーとの交流話やイエロー・モンキーの魅力について語られていました。

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(好きになったきっかけは?)

大谷:音楽好きだったんでウワサを聞いてたんですよ。ライブやって、対バンやってお客さんかっさらってるってバンドがいる。それがイエロー・モンキーだったんですよ。

吉田:ほうほう。

大谷:デビューして2、3年後に出た「ジャガー・ハード・ペイン」ってアルバムを聴いた時に、これは好きなバンドだって。これが好きになったきっかけです。

吉田:俺は中学から30歳前まで長淵さんだけやったんですよ。長淵剛さんだけだった時に、同じような剛ファンの“しみーず”ってのが、「よしさん、イエロー・モンキーってええで」って。最初は「まあまあええな」って歌えるようになってカラオケ行ったら、女子の食いつきがいいんです。

大谷:そんな不純なところだったんですか?最初?(笑)へー。

吉田:「食いつきがええぞ、これは」って、だんだん聴いていくうちに「ほんまにええな」ってなった。すごい不純ですよ。最初は。

(2人の好きな曲は?) 

吉田:「SO YOUNG」大好き。

大谷:「SO YOUNG」って芸人の歌じゃないですか?

吉田:そうそう、それそうなんや。見てるんですか?って。

大谷:どっかで僕たちの状況をって(笑)。そうですよね。

吉田:「終わりのない青春、ひたすら泳げばたどりつくかもしれない」って。

大谷:「たどりつくかもしれない」ってことだけを考えてやってるんですよ

吉田:僕もこの世界入った時は、もっとキャーキャー言われて、スタイリッシュにで、女子にモテると思ってたんですよ。 

大谷:最初はねえ。何でですかね、あれ。

吉田:最初ね、俺、自分が“ぶつぶつ”だって知らんかった。

大谷:(笑)

吉田:でも、俺はやめたくはない、ただ続けていく、こんなブスやけど続けていったら、結果“薄毛”と“ぶつぶつ”が武器になって、ここにおるんやって。「ひたすら泳いでたどりつけば また何か覚えるだろう」っていうのを励みに聴いてたから、俺、思ってる形の芸人ではないけど、「もっとやってみよう」みたいなね。

大谷:ほおー。 

吉田 励みになり方、ハンパないよな。

大谷:まあそうですね。そういう意味では、ほんとに。

吉田:だって、イエモンさんて30歳になってから売れてるやろ?

大谷:そうなんですよ!下積みが長いんですよ!

吉田:それ結構、励みに力にならんかった?

大谷:なりました、なりました!

吉田:お笑い目指したのが20歳で、9年くらい売れなくて、「俺、売れへんのかな?」って思った時に、「イエロー・モンキーって30歳超えてから売れたらしいで」っていうのが…「じゃあ、まだ分からんのちゃう?」って。

大谷:それは全然ありますね。イエロー・モンキーって特殊で、一般の人は最初から売れてるイメージあるでしょ?華もある方だから、最初からキャーキャー言われてたと思うかもしれないですけど、全然ですからね。だから地方とか行くと、デビューしたばっかりの時は1日中拘束されるんですって。プロモーションで。でも食事代1000円だけ渡されて「これで今日やりくりしてください」って言われるんですって。

吉田:売れてない時?

大谷:で、横でパっと見たら、隣で黒夢がうな重食べてたって。それが悔しくて「吉井、うな重食おうぜ!」ってヒーセさんが言ったって言ってました。それって、売れない芸人と一緒じゃないですか。

吉田:吉井さんががりがりなのはそういう影響…

大谷:最初、食いたかったらしいですよ(笑)

吉田:一番助けられたなっていうか、好きな曲なんなの?

大谷:今ですよ。これ、ベタで言うのも恥ずかしいんですけど、結局「JAM」ですね。

吉田:えー!

大谷:それは、今回(2012年)DVD出てて、これがね、いいんです。新しいDVD見てください。「FOUR SEASONS」っていうアルバムの時のツアーなんですけど、武道館。で、アンコールで、まだリリース決定してないんですよ?発売してない「JAM」やるんですよ。その前に吉井さんが言うわけですよ、「今から日本のロックの歴史を変えるから」って。「5年後10年後、いつかこの歌が流れた時にサビでみんなが両手を挙げて歌うような雰囲気になったらいいなあ」って。で、言ったとおりになるんですよ。

吉田:それは、名曲かどうかお客さんは誰一人知らない…

大谷:分かんないです。これまあ、ヒーセさんと会った時にも言ってるんだけど、イエロー・モンキーって名前ですよ。日本人を自虐的に表した名前で、かつ日本のロックの歴史を変える。ちょうど当時、世界的なバンドが日本に来るロックフェスがね、始まる時だったんですよ。これから。日本のロックが変わる時だったんですよ。そこに、「自分が引き受けますよ」って言って。そんときに日の丸がね、武道館だから上にね、バッて光り輝いているわけですよ。それ見た時の感動というか…「引き受けてくれるんだ」っていう。“俺たちのバンド”感が、ものすごくあるじゃないですか。それを踏まえて言うと、「JAM」って今でもね、僕がDJやって流した時、みんな両手挙げて歌うんですよ。そこにイエロー・モンキーいなくても。日本のロックの歴史、変わったんですよ。そう思うとね、この曲外せないなって。

吉井さんと対談された時に、「売れようとして作った曲なんじゃないですか?」って(吉田さんが)言ったら、「いやそれは違う」と。「『JAM』はほんとに心の底からすっと出てきた曲で」と。そのあと「『太陽が燃えている』が売れようと思って作った曲だ」って(笑)

吉田:言うねや!って思ったけど…

大谷:正直だって思って(笑)あれがもう、裏表のない人やなあと(笑)

吉田:そうやなあ~。

(自分だけが知っているイエモンマル秘話は?)

大谷:あります?俺、1個いいですか?こないだ(2012年)10月10日に(「RomantistTaste 2012」のリリースパーティやって、僕DJやったんですよ。で、ヒーセさんが来てくれて。で(ダイノジ)大地さんがエアギター、でヒーセさんがエアベース、で途中、袖でエマさん、お兄さんですよギターの、見てたんですよ。ひっぱり出してきて。で、3人でエアギター、エアギター、エアベースと…

吉田:大地は空気読んで立ち去ったりせえへんかった?

大谷:あー、そのまま大地は調子にのっちゃって…最終的にエアギターやめて、吉井さんやってました(笑)誰も求めてねえのに(笑)それでやった時に終わった後にお話してたら、なんとその1日前にヒーセさん、吉井さんと飲んでたんですって。

吉田:えー!なんか、めちゃくちゃいいね。

大谷:未だに飲みに行ってるんですって。メンバーで全然会うしって。

吉田:俺、その後にするにはあまりにパンチ弱い話かもしれんけど、僕も吉井さんと番号交換させてもらったんですよ。

大谷:それ、すごいじゃないですか!

吉田:で、メールたまにやらしてもらうんですけど、(イエローモンキー時代のポスターの)どの写真見てもかっこええ、ちょっと色気あって、とんがってて、かっこええけど、メールの最後「k.yoshii」って名前書いてはるんやけど、その後、毎回ふかふかの食パンの絵文字がついてくる。

大谷:はははははは 知りたくなかった…(笑)

吉田:「k.yoshii」、食パン、ふかふか~!煙ついてるやつ! 

大谷:(爆笑)

「魁!音楽番付~EIGHT~」(2012年/フジテレビ)より