高橋栄樹さん(MVディレクター)が語るイエロー・モンキー


THE YELLOW MONKEY結成20周年記念アーカイヴス(2009年/スペースシャワーTV)で放送された、高橋栄樹さんのコメントをご紹介します。高橋さんは「SPARK」からイエロー・モンキーのPVやライブ映像作品を多数手掛け、ロビンに「映像のイエロー・モンキーと思ってもらって構わない」(1997年、「BLUE FILM」「RED TAPE」「PURPLE DISC」発売記念イベントの挨拶より)と紹介されています。1999年に公開された自身初監督の映画作品「trancemission」には、イエロー・モンキーも出演しました。(「trancemission」公開時のインタビュー記事はこちら

大変だって言われてたんですよ、お会いする前、スタッフの方から。あのー、「すごく映像にこだわってるバンドだし、吉井さんは2本くらい監督してるし。で『JAM』ってとってもいいビデオだから、逆に言うと、それだけ映像を作れる人たちなんで、そういう意味では本当に大変だから」って。で、結構覚悟は決めてて、その時に。まあ直しとか含めて、ある意味格闘するのが仕事になるんだろうなあとは思ってたんですけど。でもなんか、始めてみたらなんとなくこう、面白がってやってるうちに、(『SPARK』は)完成しちゃって。直しもほとんどやってないですね…あ、1か所あって、それ6フレームくらい…だから1/5秒くらい?の直しがありましたけど、「1回目の方が良かった」って言われて、1回目と2回目の差が6フレームくらいだったって記憶があるな…あれ、「SPARK」って、確か1500カットくらいあるんですよね。そうやってきめ細やかにやってる中で、1/5秒を、まあ感覚的にってのもあるんだろうけど、「いや、なんかあっちの方が良かったな」って言ってくれたっていうのは、こう非常にありがたかったって思いましたね。

「BURN」ってPVを作った時に、とってもあれ、勇気がいることで、何故かって言うと、あれ日本家屋みたいなとこでロックバンドが歌うって、当時あんまりなかっていうか、ほぼ0。やっぱりあの、あのこ頃のミュージックビデオの監督の最大の褒め言葉って「うわー!これ、まるで日本に見えないですね!」とか、「とっても外国のような景色を撮ってますね」とか、そういうのがすごく褒められたんですよね。今は、神社仏閣とか普通になったけど、鳥居とか。あの頃は本当、皆無で。ああいうことがやれたバンドって、むしろすごく強いバンドだと。三島由紀夫って、文学の人だけど、すごいサブカルチャー的な部分もあるじゃないですか。だから、そういうもんとグラムロックみたいなものをくっつけようって、結構発明だったと思うんですよね。でも、それがこう、商業的にやってるとこもあるし、すっごく色々考えて、やっぱ今自分たちがバンドとして世の中に出ていく時には「これ」で行くっていう、両方があると思うんですよね。そういうことをやりながら、色んなことをビルドアップしてったっていうのが、画期的だったような気もするし。時代状況的にも、ああいう日本家屋みたいなとこで、撮影するっていう、できれば日本人が直視したくないっていう、トラウマ的な部分ですかね。そういうものとかも正々堂々と出せたっていうのは…やっぱ、ああいうバンドの持ってる力なんじゃんいかなあって気がしますけどね。うん。

THE YELLOW MONKEY結成20周年記念アーカイヴス(2009年/スペースシャワーTV)より